問題が噴出する業界
前稿(リーガルサービスの経済学(3)モラルハザードなどの諸問題)では、契約締結前に生ずる逆選択の問題に加え、契約締結後に生ずるモラルハザードなどの問題に対しても回避する決定的な手段はない、ということを述べました。
ところで、こういう話をすると、弁護士の特権を奪うなという主張をしたいだけだろうという意見が出てくるのですが、そうではありません。ここまで読んで頂ければ、実際に今起きている諸問題は経済学の理論でも良く説明できる事象だと述べているに過ぎないことは理解して頂けると思います。
問題は、情報の非対称性故に生ずる問題が深刻だということです。もちろん、どの業界においても同様の問題は生じますが、弁護士の扱う対象である他人の権利は元々目に見えないものですし、かつ専門性が高いために仕事の良し悪しの評価も困難です。ここを克服する努力をしなければ、弁護士業務に対する信頼が更に失われ、結果として自分たちの首を絞めることになります(しかも、最初に首を絞められるのは良心的な弁護士でしょう。)。
このような状態をどうにかできないか、完全な対策は出来なくてもあるべき方向に持って行くにはどうしたらよいか、ということを検討してみることにします。
誰が情報をもっているか
弁護士の諸活動について、依頼者が知りたい情報を持っているのは誰でしょうか。当然、誰でもなく、個々の弁護士です。
そうであれば、個々の弁護士が出来る限り自分に関する情報を潜在的な依頼者、あるいは現在の依頼者である人にきちんと伝える努力をすることが要請されることになります。そのような意味で情報を発信することは不可避です。顧客の誘引を直接の目的としてなされる様々な広告も、その一態様ではあるでしょう。
しかし、その情報が適正かということは問題にされるべきです。弁護士が虚偽も誇張も隠蔽も行わず適正な情報を開示していれば問題ありませんが、良くないことをする弁護士は過去にも現在にもいますし、今後も現れない保証はありません。
弁護士団体の役割
そこで、日弁連及び各地の単位弁護士会(以下、両者を併せて「弁護士団体」といいます。)の役割に期待できないかということにはなります。
弁護士団体は各弁護士に関する情報を他の個人や団体よりも多く有していることから、個々の弁護士を良く評価する能力は一応あると考えられますし、弁護士自治を標榜する限り、個々の弁護士の倫理の暴走に歯止めを掛けるのは弁護士団体の手しかあり得ません。
少なくとも、広告に関しても最低限の品位の維持は要求される以上、その観点からの適切な規制がなされて然るべきではないのでしょうか。
広告規制に関する法的問題
しかし、弁護士の業務広告に関する規制の可能性を検討するにあたっては、考慮しなければならない法的問題が存在します。
資格者団体については、法律上「会員の品位の保持に関する規定」が会則記載事項として掲げられており、これを主な根拠として、資格者団体は、会則等において、広告に関する自主規制を行っている。資格者団体の行う広告に関する規制が法律上一定の根拠を有するとしても、会員の事業活動を過度に制限するような場合には独占禁止法上問題となるおそれがあり、その内容は、需要者の正しい選択を容易にするために合理的に必要とされる範囲内のものであって、会員間で不当に差別的でないものとすべきである。
公正取引委員会は、規制改革の観点からこのような見解を示しています(全文はこちら)。もっとも、公取も全ての規制がいけないといっている訳ではなく、これを良く読めば、正しくない選択をさせるような情報の提供に制限を加えることは問題ないようには思われます。
ルールは守られているのか?
そこで、日弁連も既に一定の広告規制を行い、より具体的な指針も示しています。しかし、この指針、会員に周知され、本当に守られているのでしょうか。指針の例を見てみましょう。
専門分野は、弁護士情報として国民が強くその情報提供を望んでいる事項である。一般に専門分野といえるためには、特定の分野を中心的に取り扱い、経験が豊富でかつ処理能力が優れていることが必要と解されるが、現状では、何を基準として専門分野と認めるのかその判定は困難である。専門性判断の客観性が何ら担保されないまま、その判断を個々の弁護士及び外国特別会員に委ねるとすれば、経験及び能力を有しないまま専門家を自称するというような弊害も生じるおそれがある。客観性が担保されないまま専門家、専門分野等の表示を許すことは、誤導のおそれがあり、国民の利益を害し、ひいては弁護士等に対する国民の信頼を損なうおそれがあるものであり、表示を控えるのが望ましい。専門家であることを意味するスペシャリスト、プロ、エキスパート等といった用語の使用についても、同様とする。
広告を野放しにすることで大変な弊害が生ずることは、日弁連も分かっているのです。もっとも、残念なことですが、これは「国民の信頼を損なうおそれがあるもの」ではなくて、もはや現実化している事象のように見えます。
次に掲げる用語は、広告中に用いる場合には、文脈により、事実に合致しない広告、誤導又は誤認のおそれのある広告、誇大又は過度な期待を抱かせる広告等に該当することがあるので、これらの用語の使用については十分注意しなければならない。
(1)「最も」、「一番」その他最大級を表現した用語
(2)「完璧」、「パーフェクト」その他完全を意味する用語
(3)「信頼性抜群」、「顧客満足度」その他実証不能な優位性を示す用語
(4)「常勝」、「不敗」その他結果を保証又は確信させる用語
このような誇張も、文脈の良し悪しにかかわらず、弁護士の広告としてしばしば見かける態様のものです。あまり細かいことをいうと表現の自由との問題もあるとは思いますが、本来的には、弁護士は言葉の意味を大事にすべき仕事の一つではないかとは思うのです。
弁護士団体の課題
こうしてみると、日弁連は広告を野放しにする危険性に気が付いているにもかかわらず、必ずしも会員に規制を遵守させていたようには見えません(むしろ、日弁連や各弁護士会の担当者がしっかり注意をしていても、取り締まりが追い付けないというのが実情かもしれませんが。)。
一方で、指針にもあるように専門分野に関する情報提供には強いニーズがあります。
だとすれば、専門分野の認証制度を導入することも一策かとは思います。併せて、研修や試験による専門性の強化を行うことで、弁護士の仕事の品質向上を図ることも可能ではないかと考えます。
現状、各種研修は実施されていますが、数年おきの倫理研修を除いては基本的には義務ではありませんし、専門分野の認証について日弁連の取組が進んでいるのかどうかは聞こえてきません。専門分野の表示がニーズとして存在するというのであればそれに応えることも大事なことではあるでしょうし、専門をアピールするなら根拠がないとダメ、という規制は合理的かと思います。
なお、専門分野の認証が技術的に無理というなら、既に弁護士に対する国民の信頼が損なわれてしまっている実情に鑑み、もっとはっきり「専門表示は不可」という規律を行うべきです。
まとめ
弁護士団体による規制を強化することは、弁護士の間でも意見が分かれることでしょう。しかし、社会における取引行為に対しては、政府等による合理的な範囲での規制が為されることで、顧客の保護が図られていることも多いはずです。一般市民を対象とするようなリーガルサービスの市場においては、弁護士団体が何もしない場合にはほぼ野放しになります。そのことが実際に弁護士に対する国民の信頼を損ねる結果になっていることに目を背けてはならないでしょう。規制コストをどう負担するかという問題はあるのですが、それでも良いのか、ということを考えるべきです。