優良誤認表示の広告の問題で、東京弁護士会は、弁護士法人アディーレ法律事務所に対して業務停止2月の懲戒処分を言い渡した。弁護士倫理を維持しながら事業の拡大を図るという方向に進んで行くことはできなかったのだろうかと、改めて残念に思っている。
既に、「何をしているんですか石丸さん」という記事にて、(東弁は)受け皿が揃わない懸念があっても二の足を踏んでいるような場合ではないと述べたように、そのようになること自体は仕方がないと思っていた。
ただ、実際に業務停止の効力が発生した結果、大変なことになっている模様なので、今回明らかになった問題点をまとめておくことにしたい。
弁護士会の懲戒手続に関する問題
今回の懲戒処分については、処分が重すぎるという意見と、混乱を防止できなかったのかという意見が見られる。
処分の軽重に関しては、具体的な被害がないから優良誤認表示を見逃して良いということではないし、以前の処分歴もあるので、必ずしも不当とはいえない。そして大き過ぎてつぶせないというのも本末転倒である。それこそ懲戒手続が馴れ合いだとかいわれてしまう。
ただ、懲戒手続上は、業務停止により迷惑を被る依頼者を救済するような仕組みが、制度的に整っていない。この点は難しい問題である。懲戒委員会が処分を議決するまで弁護士会の執行部は動きにくいということもあるし、一方で、処分発効までにタイムラグがあれば処分逃れの対策をされてしまうことが予想される。
これまでも、業務停止等により事件の引継ぎが必要になった場合には、受け皿を探して何とかしていたと思うが、今回は容易ではないし、今後も規模の大きい事務所に万が一のことがあった場合には同様の問題は起こる。対応策を考えるべきであるが難しい問題である。
懲戒された弁護士法人に関する問題
アディーレに関しては、特徴的な問題が二つあると懸念している。
一つ目は、事業構造の問題である。
いうまでもなく、テレビCMやチラシなどの広告に多額の資金を投入して積極的に集客し、大規模な全国展開を図りつつ事件処理は東京に集中させるというこの事務所のビジネスモデルは、法律事務所としては際立って特殊である。
ところが、業務停止中は広告が打てず、新規顧客を得ることができない。既存顧客についても辞任しなければならない。業務停止が明けてもレピュテーション低下による影響が大きい。
そうすると、「広告出稿で顧客誘引し獲得した報酬で更に広告出稿(以下繰り返し)」というサイクルが分断される。資金の流入は止まる一方、その間も費用が流出するから、どのような対処をするにしても事態は急を要すると見ている。
二つ目は、社員弁護士の無限責任の問題である。
アディーレは全国各地に支店を有していることから、必然的に多数の社員弁護士を有している1。これは、原則として弁護士法人の支店には社員を常駐させる必要があるためである2。
そこで問題となるのは、弁護士法人の社員は法人の債務について無限責任を負うことである3。
もちろん、そのような法人の社員になったのが悪い、弁護士なんだからリスクは知っていて当然だという議論もある。一応、そうだと思う。ただ、支店の名ばかり社員は、まだ前途がある人たちである。個人の責任を追及されるような事態は回避できないだろうかとも思う。
依頼者に関する問題
業務停止が2か月に及ぶ場合4、法人で受任していた事件は辞任しなければならなくなるので、従前の依頼者は一旦放り出されてしまう。
そんなところに頼んだ人が悪いんだから自己責任でしょう、それこそ司法制度改革の招いた帰結だよね、という考え方は当然ありうる。実際、当職もそのように思っていた。
ただ、よくよく考えてみると、依頼者の自己責任を問うには、きちんと判断できるための情報が依頼者に与えられてなければならないのではないか、という疑問が湧いてきた。
本件の発端となった優良誤認表示は、まさにこの点を損なう行為なのである。
そうすると、依頼者は別に悪いことをしているわけでもないのに、放り出されて不利益を被るのはおかしいということにもなる。
だから、着手金はもらわないで対応しますという有志の弁護士がいればとても善いことだと思う。一方、通常の事件と同じように着手金をもらって対応しますという弁護士がいるとしても、それは通常のお願いをしているに過ぎない。幸か不幸か、色々な弁護士が増えた時代でもあるから、そのあたりは、余裕があるか、熱意があるか、等々の各弁護士の事情で対応を決めればよいと思う5。
なお、やり方によっては、ハゲタカだとかハイエナだとかといわれかねないので、一定の節度は必要だろうと感じている。
まとめ
最後に何がいいたいかといえば、題名のとおりである。色々な意味でショックである。
そして、このショックは次々と色々な形で波及すると予測せざるを得ない。なお懸念は尽きないように感じている。
弁護士法人の「社員」というのは、従業員のことではなく、業務執行権限を有する地位にある者のことである。これは株式会社でいえば株主兼代表取締役のような強力な地位である。ところが、アディーレの場合、支店に常駐している「社員」に業務執行権限があるのかどうか分からない。本来、弁護士法人の支店に社員の常駐を原則として義務づけているのは、支店所在地の弁護士会が、業務執行権限のある者を通じて弁護士法人へ円滑で実効的な指導監督を行うことができるようにするためであった。実際、名ばかり社員を通じてでは、本体の弁護士法人へのコントロールを及ぼせない。名ばかり社員が全国各地に配置されて支店展開がなされるといった事態は、弁護士法人の制度が想定していなかったことだと思われる。 ↩
弁護士法30条の17本文 ↩
弁護士法30条の15第1項 ↩
業務停止の期間が1か月以内の場合とそれを超える場合とでは、その効果は異なる。顧問契約はいずれにしても解除しなければならないが、受任している法律事件に関しては、「業務停止の期間が1か月以内であって依頼者が委任契約の継続を求める場合」は、委任契約を解除しなくてもよい(「弁護士法人の業務停止期間中における業務規制等について弁護士会及び日本弁護士連合会の採るべき措置に関する基準」〔PDF〕の第2の1項1号で準用する「被懲戒弁護士の業務停止期間中における業務規制等について弁護士会及び日本弁護士連合会の採るべき措置に関する基準」〔PDF〕の第2の1号)。このため、業務停止の期間が1か月を超えた場合には、法律事務所の存亡に関わる事態であるということはいえる。 ↩
本件では、懲戒された弁護士法人に所属する弁護士個人に委任することも選択できるとの案内が依頼者になされているようである。確かに、前述の日弁連の基準では、所属する弁護士が委任を求める働きかけをしないことが条件ではあるが、依頼者の求めがあれば、そのような扱いも可能である。そして、弁護士個人は自己の業務を行う必要に基づいて、業務停止中の弁護士法人の事務所を使うことができるようにも前述の基準は読める。ただ、そのような解釈ができるとしても、引継の態様によっては処分逃れをしているのではないかという疑問も出て来るようには思う。 ↩