平成26年10月25日の読売新聞で、「交通事故訴訟、10年で5倍に…弁護士保険利用」という記事があり、弁護士保険の利用についての問題点が取り上げられていました。
確かに、弁護士保険を利用した交通事故案件は増えてきている実感はあります。
一方で、これまで扱ってきた経験上は、何かが引っかかるような感じがしていました。そこで、弁護士保険の効用を経済的な観点から検討してみることにしたいと思います。
例えば…
AとBとの間で衝突事故が発生し、Aの車両とBの車両には、それぞれ10万円の損害が生じた。Aの加入していたC損保会社と、Bの加入していたD損保会社が協議し、過失割合50:50であれば協定できそうであった。
しかし、Aは過失割合に納得せず、弁護士費用特約を利用してE弁護士へ事件処理を依頼した。
E弁護士はBに対する訴訟を提起し、Bも、D損保会社を通じてF弁護士を選任した。訴訟では尋問期日を経て判決となったが、結論は同じであった。
判決後、Aは、E弁護士へ御礼として菓子折を持参した。
上記事案において、弁護士が介入したことで各当事者はどのような影響を受けるか、ということを考えてみます。
なお、AとBはいずれも車両保険未加入であり、E弁護士及びF弁護士のいずれも、タイムチャージ換算した場合の売上は3万円/時、事件処理に要した時間は20時間とする前提とします。
検討
- Aについて
菓子折相当額の損失が発生する。 - Bについて
訴訟に巻き込まれた結果、F弁護士からの事情聴取、尋問の打ち合わせ、及び尋問期日の出頭などの負担が生じる。その日当相当額を1回1万円としても、その損失は3万円を下らない。 - C損保会社について
訴訟提起に係る弁護士費用と実費相当額の損失が生じる。弁護士費用で10万円、実費で2万円程度が生じるから、その損失は12万円を下らない。 - D損保会社について
Bの応訴のための弁護士費用相当額の損失が生じ、その金額は20万円を下らない。 - E弁護士について
弁護士保険の基準だと10万円の着手金の売上を得る。しかし、事件処理に20時間費やした場合に期待される売上は60万円となるが、10万円しか稼げないので50万円の機会損失が発生する(なお、菓子折は有り難く頂いて消滅。)。 - F弁護士について
20万円の売上を得る。但し、E弁護士と同様の問題があり、40万円の機会損失が発生する。
ロイヤージョーク的結論
以上のとおり、この設例では誰も得していないということになります。
弁護士が入ってもAの権利の実現には変化がなかった一方、弁護士が入ったことによるB・C・D・E・Fによる損失の合計は125万円です。何も変わらない結果に対する社会的費用が125万円!
あまり使わない言い回しですが敢えていえば「それは正義といえるのか?」と、大きく振りかぶって問うてみても良い話かと思います。
功利主義的な発想は妥当しないのかもしれませんが、さすがにちょっとどうなのか、という気がしてきます。
なお、上記の設例で、実現する経済的利益が少し増える結果になったとしても、その何十倍もの社会的費用を要するという構造は変わりませんし、弁護士保険でもタイムチャージによる請求は可能とはいえ2万円/時が上限ですから、これらの検討結果はそれほど現実離れしている訳ではありません。
弁護士保険の負の外部性
特に、物損事故は純粋に経済的な問題であることに鑑みれば、経済的な合理性を全く無視した処理がなされることはいかがなものでしょうか。無用な紛争が頻発することは社会的費用を増加させます。
これは、いわば弁護士保険の負の外部性(外部不経済)ともいうべき問題です。
負の外部性といえば、代表的なものは公害問題です。
弁護士保険は、いわゆるもらい事故の場合で人身傷害に対する賠償を求める局面などでは、自らの権利を保護するために大変役に立つものであり、大きな意義があります。しかし、現実的には、免責金額を設けるとか、物損事故は対象外にするなどの手当が必要になるような気がします。