書評「ヘイト・スピーチの法的研究」

京都の朝鮮学校の前で「在日特権を許さない市民の会」の人たちがヘイトスピーチを繰り返したという事件で、学校側からの損害賠償請求が最高裁で確定したというニュースがありました。この事件自体は2009年ころに起こったものですが、近時、差別的あるいは排外的な活動が次々と広がりを見せるに至ってしまいました。

本書は、このような問題状況を踏まえて、複数の著者らによりその法的規制の可能性について検討を行った成果をまとめたものです。

さて、本書を読んでまず驚かされるのは、ヘイト・スピーチ活動の実際です。これまで意識したことはありませんでしたが、余りにひどいとしか言い様がない活動が現実にはなされています。

例えば、鶴橋でデモを起こしている連中はこんなことを言うのです。実態を知るべきだと考えますからそのまま引用します。

鶴橋に住んでいる在日クソチョンコのみなさん、そしてここにいる日本人のみなさん、こんにちは!
もう、殺してあげたい。みなさんもかわいそうやし、私も憎いし、死んでほしい!いつまでも調子に乗っとったら、南京大虐殺じゃなくて鶴橋大虐殺を実行しますよ!
日本人の怒りが爆発したら、それぐらいしますよ!大虐殺を実行しますよ!実行される前に自国に戻ってください。ここは日本です!ここは朝鮮半島じゃありません!いい加減、帰れ!

また、朝鮮学校襲撃事件の報道ではほとんど詳しく述べられていませんが、学校の子どもたちの前でこんなことを言っていたというのです。これも実態を知るべきだと考えますからそのまま引用します。

戦争中、男手がないとこ、女の人をレイプして虐殺して奪ったのがこの土地
ここも元々日本人の土地や。お前らが戦後奪ったんちゃうんかい、こら!
これはね、侵略行為なんですよ。北朝鮮による
戦後焼け野原になった日本人に付け込んで、民族学校、民族教育闘争、こういった形で至るところ、至る日本中、至るとこで土地の収奪が行われている
ここは北朝鮮のスパイ養成機関
こいつら密入国の子孫
犯罪朝鮮人
犯罪者に教育された子ども
何が子どもじゃ、スパイの子どもやないか
端の方歩いとったらええんや、はじめから
約束というのはね、人間同士がするもんなんですよ。人間と朝鮮人では約束は成立しません
朝鮮ヤクザ!なめとったらあかんぞ

このような言動が、韓国人あるいは朝鮮人に属する人々の、個人の尊厳を踏みにじるものであることは論を待たないと思います。

そこで、このような言動、すなわちヘイト・スピーチを法的に規制できないか、ということが議論となるのですが、この点はそう簡単な問題ではありません。

ご存じのとおり、表現の自由は日本国憲法第21条で保障されています。もちろん、規制を受けることはありますが、ヘイト・スピーチのように表現内容そのものの規制は、厳格な合憲性審査基準を以て検討しなければならないというのは憲法理論で言われてきたことです。

そこで、ヘイト・スピーチを法律でもって規制しようとしても、規制の仕方が不明確であれば違憲となってしまいますし(ヘイト・スピーチの規制対象を限定するのは非常に難しい)、一方で、憲法適合性をクリアできる範囲で規制しようとすれば、これまた規制の実効性が無くなるというジレンマが生じることになります。

本書ではドイツにおける民衆扇動罪及びそれを発展させたホロコースト否定罪の制定経過と、その問題点にも検討がなされていますが、ここでもやはり規制の困難さ、あるいはその弊害(処罰範囲が拡大していく)が生じる恐れがあることが分かります。

表現の自由の保障の意義に鑑みれば、このような言論は、いわゆる思想の自由市場において、有害な言論として撲滅されるべきものだということが基本的な考え方であるべきだと、私は考えます。

しかし、本書でも指摘があるとおり、ヘイト・スピーチは衝撃的かつ威圧的であるために、被害者や一般市民が沈黙してしまったり、対抗言論がかき消されてしまうという問題があります。そのような意味では、少なくとも既存の法令、すなわち民事においては不法行為、刑事においては名誉毀損、脅迫、あるいは威力業務妨害等の責任が生ずる範囲では、厳格にそのような言動者の責任を問うべきことが不可欠です。

また、ヘイト・スピーチの発生する根っこには、いわゆるレイシズムの問題が潜んでいるとの指摘が本書ではなされています。例えば、国の政策、政治家の言動、あるいはマスコミの報道、こういったものが有する社会的な正統性の故に、民衆のレイシズム意識を誘発され、増幅した意識が過激なヘイト・スピーチとして発現する、と分析できるようです。

そうであれば、個人の尊厳を踏みにじるような言動を繰り返す政治家は選挙で追い落とし、マスコミは支持しないことがヘイト・スピーチ撲滅のためには不可欠であろうと痛感しました。

なお、今年の近畿弁護士会連合会人権擁護大会においては、「人種的憎悪や民族差別を煽動する言動に反対し、人種差別禁止法の制定を始めとする実効性のある措置を求める決議」がなされましたが、ヘイト・スピーチそのものの法的規制を行うべきと言い切ることの難しさを感じさせられました。しかし、このような困難な問題に真っ正面から取り組んだ弁護士の方々には敬意を表したいです。

もっとも、同大会に来賓として招かれた大阪市長は、「ヘイトスピーチへの対策にも取り組みまあす。」的な簡潔な挨拶を市民局ダイバーシティ推進室長といった肩書の方に代理出席させて読ませていましたので、大阪市長の真剣さの程度を理解することが出来ました。

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