会長落第記(3)

新型コロナ法テラス特措法をめぐる騒動で思ったことというのは、具体的にいうと、次のようなことであった。

法テラス政策の問題

総本山の主流派は一貫して法テラスの組織的拡大ということに対しては相当熱心である。もちろん、法律扶助制度が発展し、一人でも多くの国民が司法サービスを受けやすくなる社会を構築するという理念は大変結構なことである。

ただ、総本山の法テラス政策は、要職を務めた中の人が「国から300億も取ってきたのに文句言うのか」と言っていたというのが聞こえてくるように、予算を取ってくる方向に力点を置き過ぎている。そのために大風呂敷を広げるきらいがある。例えば、今回の特措法案も、適用対象を拡大するという方向であった1

多くのジュディケア弁護士の感想としては、やることばっかり次々増やすのもいい加減にしろ、そんなことより報酬基準をどうにかしてくれ、ということに尽きるだろう。そんなのは弁護士のわがままに過ぎぬという見方もあろうが、相対的に価格の低いサービスの供給量を経済の原理を無視して増やせるわけでもないだろうから2、今のままで制度を拡大できるようにも思えないのである3

弁護士は自由競争しろという風潮が強まるほど、経営を重視する層は非効率な扶助事件には構ってられないとなるし、一方で社会的意義を感じて扶助事件に意欲を持つ層も現実的に報われないからもう止めようとなる。いよいよ対処は困難となる。やりがいのある仕事なら採算など考えずに取り組む弁護士も現れるはずだ、という昔の感覚で政策を実現しようとすると、当然、昔とは環境が違うので大変な軋轢が生じることになる。

現在の会長も事務総長もそうであるように、総本山の中枢には総合法律支援本部(以前は日本司法支援センター推進本部と呼ばれていた)を取り仕切っていた経歴の人が少なくない。次の会長候補と目される人の中にもそのような経歴の人がいる。その割には、法テラスの仕事を担っている弁護士の反発がひどいというのでは意味が分からん。必ずしも適当な非難の仕方であるとも思われないが「お前ら扶助の事件を自分でやってんのか!」というのまで聞こえてくる始末であると思うと、空気の分断ぶりに嘆かわしさを感じるのである。

政治へのかかわり方

もう一つ気になったのは、総本山による政治へのかかわり方ということであった。ただ、この点については、宮崎誠元日弁連会長が的確にまとめているのを見かけた。

従来の日弁連の立法活動の歴史は、権力との距離感ゆえ「反対運動の一環として」であり、自らの力で新しい制度を生みだすこと、そのために何をなすべきかという点に頭は向いていなかった、というより、社会的にも日弁連のような政権与党と近くない民間団体が立法を提唱しても見向きもされなかった政治状況の影響もあろう。

しかしながら、全政党が協力した司法制度改革の中で、日弁連は政権与党をはじめとする各政党と等距離の意見交換を日常的に行うことが出来るようになり、日弁連の考えを発信できる機会が得られるとともに、立法担当者の考えや求めるものを直接吸収できることになった。4

司法制度改革の経験を経て、総本山の政策課題を立法過程を通じて実現する流れが作られていったということだろう。今回の新型コロナ法テラス特措法案の件に関しても、そういった動きを近いところで目の当たりにすることになった。

ただ、同特措法案の件に関しては「執行部はロビイングの仕方が分かってるのか!」という辛辣な意見も聞こえてきたので、忸怩たる思いをして見ている人もいたのだと思った。

今後も、様々な分野で総本山は立法過程に参画する動きをしていくことになるのであろうが、そうだとしても、法律扶助の拡充という政策課題に関しては実現は容易ではない。例えば、このような冷ややかな見方もある。

弁護士の努力もこの社会いっぱいに広がった運動の中で、それと連帯して行われるのでなければ、しょせん大きな政治的な力にはなりえないであろう。法律扶助の予算がいつまでたっても増えないように、弁護士がいくら法の支配のために法律扶助の抜本的拡充を説いても、肝心の国民が乗ってこないかぎり、市場の圧倒的な力に対応して大きな橋頭堡を築くことは叶わないのである。5

法律扶助の拡充に関しては、財務省を動かせる程度に国民が乗ってくることがあるかというと、一般的にはそうではないと感じる。特に、困難な家事事件を法律扶助で受けているような良心的な弁護士に対してですら、貧困ビジネスだの金の亡者などとの批判が普通に飛んでいるのを目にしたりすると、根本的な無理解がその原因であるにしても、そういった思いを持たざるを得ない。

一方、司法制度改革が進展していく中で、弁護士の側でも、反市場的な理念を実践する精神は蝕まれつつある。残念ながら、そこには私も含まれるであろう。

そういった状況のまま、政治の世界での集合的決定を経て法律扶助の枠組みが大きく変えられるかどうかというと、自分が職業生活を続ける間にそう容易には希望が叶うわけでもないのだろうと思うようになった。

(つづく)

 


  1. もちろん、その他にも、準生活保護者に対する償還免除を拡大する努力をしていたり、実費部分の支出に関しては増加しているなどの実績はあり、これらの点で地道な努力を積み重ねることは肝要である。 

  2. なお、扶助事件以外の事件の単価が低下すれば法律扶助の供給量が増える可能性があるかもしれない。そのようになる場合として、弁護士間の過当競争によるダンピングが発生するか、不景気で国民所得が極端に減少して弁護士費用の負担能力が低下することが考えられるが、いずれにしても地獄である。 

  3. 供給量の増大という点では法曹人口を増大させる手段も取られているが、それに見合った扶助事件の供給量の増加が生じているわけではない。現実には、代理援助事件の予算規模はこの10年頭打ちの傾向であるし、スタッフ弁護士の人員の充足も困難になっているという問題が生じている。 

  4. 「立法と弁護士会─弁護士会が立法課題実現のためにできること、やるべきこと─」LIBRA2010年6月号3頁。 

  5. 棚瀬孝雄『司法制度の深層-専門性と主権性の葛藤』268頁(商事法務、2010年)