会長落第記(1)

はじめに

無事に2020年度のお務めを終えることになった。まずは、会務の運営にご理解をいただいた多くの方々にお礼を申し上げなければならない。

折角の機会なので感想めいたものをまとめておこうとは思っていたが、どうにも気が抜けてしまった。そして、疫病の蔓延で世情が極悪であることの心理的な影響は多分にあって、筆が進まないまま時間は過ぎる一方であった。

とはいえ、余り時間が過ぎると記憶も抜けてしまうので、そろそろ何か書き残しておくことにしたい。

会長選出のしくみ

単位会の会長といっても、各会で色々と位置づけも立場も違うので、そのあたりを少し述べておくことにしたい。

小規模会では人員も限られているので、会長のポストも、積極的にやりたいかどうかというのとは余り関係がない。誰かがやらないとどうしようもないので、回ってくればやむをえないということで引き受ける雰囲気である。

当会では会長の選挙は毎年2月にあり「全員の名前が書いてある投票用紙が配られ適任者と思う会員に〇をつける」という、極めて古典的な互選方式を採用している。ただ、天の声が降ってくるなどいわれるような事実上の調整はある。プロセスとしてはそのようなものである。

そのあたりのシステムとしては、会長を目指して選挙に勝ち抜くために活発な活動が行われるらしい大規模会とは全く様相を異にする(何かそんなに良いことでもあるんだろうか…)。

緊急事態に突入

ということで、当職が2020年度の会長に選任されたのは、2月の定期総会のときのことであった。

その後、同時に選任された副会長のみなさんたちと一緒に、引継ぎを受けたりだとか、次期の日程やら委員会の人選などに取り掛かっていたが、札幌での雪祭りが終わったあたりから、北海道での新型コロナウイルスの蔓延状況がおかしなことになっていると聞こえ始めてきた。

そうこうして不安に過ごしていると3月に入り、日弁連の代議員会のために東京には一度行くことになった 。だが、都内も人の集まるところは既にクローズされており、例の如くシャンシャンと代議員会が終わっても暇をつぶすところもなかった。

そして、その1週間後に予定されていた日弁連理事への説明会は、いよいよ中止になってしまった。

3年連続で会長を務めた超人的な前会長からは、「理事会は各地の理事が集まるついでに懇親の機会もあるから楽しいですよ!」などと聞いていたが、ん、何か話が違ってきたぞ……と思ったのであった。

しかし、そのような状況は、この大変な一年の序章に過ぎなかったのである。

(つづく)

タイトルとURLをコピーしました