自称「司法制度改革の三本柱」のひとつである法テラスであるが、その「柱」の中心となるのは民事事件における法律扶助、とりわけその中でも代理援助事件の取扱いである。
代理援助事件がどの程度の規模で実施されているかということについては、件数及び立替金額の二つの指標から客観的に把握することが可能である。平成23年度以降分の法テラス白書はウェブ上でも閲覧可能であり、そこから各指標を確認することが出来る。
ここでは、主にその件数を素材にして動向を考えてみる。なお、以下、引用部分は当該年度の法テラス白書に記載されたものである。
平成23年度
代理援助開始決定件数は、(…中略…)平成22年度までは前年度の実績と比べて増加してきたが、平成23年度において初めて前年度を下回った。
援助開始決定件数が前年度と比較して減少に転じたのは平成23年度が初めてであり、特に岩手、宮城、福島、茨城の減少率が大きいことからも、この間の多重債務事件の減少傾向と併せて、平成23年3月11日に発生した東日本大震災の影響が一因として考えられる。
平成23年度の代理援助件数は103,751件であった。
平成29年度に塗り替えられるまでの件数のピークは、平成22年度の110,217件という数字であった。平成18年に法テラスが設立されてからこの時期までは、毎年度、件数は伸びていた。
ロースクール1期生(60期)が登録する直前の年度である平成19年の年度末には23,119人だった弁護士数は、ロースクールによる増員効果で平成22年の年度末までには28,789人となった。増加幅は5,670人である。同じ期間で法テラスの民事法律扶助の契約弁護士数も4,719人増加した。
すなわち、そのころまでは、弁護士の増員が扶助事件の担い手を増やし、代理援助件数を伸ばしていったという好循環があったことが窺われる。司法制度改革によって見える未来はまだバラ色だったのである。
ただ、代理援助件数が減ったのは東日本大震災の影響もあったようだから、法テラスにしてみれば順調に発展をしていったところに期せずして震災により水を差されたということなのかもしれない。
平成24年度
平成23年度に初めて減少した援助開始決定件数は、平成24年度は再び前年度を上回った。書類作成援助の減少以上に代理援助が増加したことになり、平成22年度の117,583件に次ぐ件数となった。しかし、震災法律援助業務の援助開始決定件数2,707件を合算しても113,167件であり、平成22年度の96.2%にとどまっている。
前年度の件数を上回る107,718件となったのであるが、同年度より開始された震災法律援助業務の件数を足してもピークに届かない状況であった。
平成25年度
平成23年度に初めて減少した援助開始決定件数は、平成24年度は増加に転じたが、平成25年度は再び前年度を下回った。震災法律援助業務の援助開始決定件数2,280件を合算しても111,389件であり、平成22年度の94.7%にとどまっている。
前年度と同じような状況が続いており、104,489件となった。やはり、ピークに比べて代理援助件数は減少しており、更に前年比でも減少してしまった。
平成26年度
平成23年度に初めて減少した援助開始決定件数は、平成24年度に一度増加に転じたが、平成25年度に引き続き、平成26年度も前年度を下回った。震災法律援助業務の援助開始決定件数1,811件を合算しても109,007件であり、平成22年度の92.7%にとどまっている。
前年度と同じく減少傾向は変わらず、103,214件となった。
3年連続して震災代理援助を足してピークにも届かないということになると、そろそろ件数の減少は震災の影響によるものでもなさそうな感じもしてくる。
平成27年度
代理援助、書類作成援助件数の年度ごとの推移は資料2-3のとおりで、平成27年度は、代理援助・書類作成援助いずれも前年度の実績と比べて増加した。
平成27年度は107,358件となり、前年度に対し4,144件の増加(増加率4.0%)という増加幅ではあるが、やっと件数の減少傾向を脱することになった。しかし、これでもなおピークであった平成22年度の数字には達していない状況だった。
この年度から、震災代理援助の件数と、平成22年度の件数に対する割合についての言及がされなくなってしまった。別の制度での件数を積み増してもピークに届いてないとか、ピークからの減少傾向が数字上明白だということになると、都合も良くなかったのだろう。
ただ、この年度までは、援助件数の推移に関する棒グラフ(PDF)ではきちんと毎年度の件数を載せて、増減が明確にわかる形になっていた。
平成28年度
代理援助、書類作成援助件数の年度ごとの推移は資料2-3のとおりで、平成28年度は、代理援助108,583件(前年度比1.1%増)、書類作成援助3,877件(同2.9%減)であった。両援助を合計した件数は前年度と比較して微増した。
平成28年度も件数は増加したものの、やはり、ピークであった平成22年度の数字には達していないことには変わりなかった。
ただ、この年度からは、法テラス設立前の昭和50年度、平成5年、平成17年度の実績の数字が援助件数の推移に関する棒グラフ(PDF)に表示されるようになったという大きな違いがある。
ここまで順に見れば、その理由を推測するのは容易である。
すなわち、震災の影響かどうかはともかく、平成22年度のピークに達して以降、代理援助の件数が伸び悩み続けたからである。そうすると、順調に法テラスの業務が拡大していると印象付けるためには、より過去のデータを引っ張り出してきて比較するしかない。それで、ずっと昔の数字を持ち出してきたのである。そのようなデータの出し方は端的に言って卑怯である。
平成29年度
代理援助、書類作成援助件数の年度ごとの推移は資料2-3のとおりで、平成29年度は、代理援助114,770件(前年度比5.7%増)、書類作成援助4,278件(同10.3%増)であった。両援助とも件数は前年度と比較して大きく増加した。
やっと代理援助の件数は増加し、それまでのピークであった平成22年度の件数を超えた。喜ばしいことである。
ただ、この年度の援助件数の推移に関する棒グラフ(PDF)も何だかおかしい。
すなわち、この年度の棒グラフでは、昭和50年度、平成5年度、及び平成17年度の数字を出した前年度のものを踏襲してはいるのであるが、従前のピークであった平成22年度が消えているのはもちろんのこと、前年度のものとは異なり、減少傾向にあった平成26年度の数字を見事に飛ばしている。このため、一本調子に件数が増加したように見えるようになっている。これもデータの見せ方としてはインチキである。
平成30年度
代理援助、書類作成援助件数は、法テラスに法律扶助業務を引き継いだ財団法人法律扶助協会が事業を行っていた昭和50年度に代理援助2,169件、平成5年度代理援助5,480件、平成17年度代理援助 59,957件であったが、法テラスが通年で業務を行った初年度である平成19年度には代理援助68,910 件、書類作成援助4,197件(書類作成援助の統計は法テラス設立後から)と増加し、以後、平成23年度代理援助103,751件、書類作成援助6,164件、平成28年度代理援助108,583件、書類作成援助 3,877件、平成29年度代理援助114,770件(前年度比5.6%増)、書類作成援助4,278件(同10.3% 増)、平成30年度代理援助115,830件(前年度比0.9%増)、書類作成援助3,522件(同17.7%減)と 代理援助件数は毎年増加している。
代理援助件数は、平成30年度は昭和50年度と比較して約53倍、平成19年度と比較しても1.6倍を超える件数であり、法テラス設立以降、過去最高の件数を更新している。
平成30年度の件数は前年度よりも微増となったものの、前年度のものと同様、中途の都合の悪い年度を省略して作成した援助件数の推移に関する棒グラフ(PDF)を示した上で、今度は「代理援助件数は毎年増加」などと主張し始めた。
既に述べたとおり、代理援助件数は前年比で減少していた時期もあり、一本調子で増加しているわけではない。これを「毎年増加」と言ってしまうのはデタラメである。過去最高の件数を更新だなどと自画自賛している場合ではない。
なお、この年度は、地味に書類作成援助の件数が大幅に減少している点もポイントである。
令和元年度
代理援助、書類作成援助件数は、(…中略…)増加してきたが、(…中略…)令和元年度代理援助112,237件(前年度比3.1%減)、書類作成援助3,309件(同6.0%減)と令和元年度は代理援助件数、書類作成援助件数ともに前年度より減少した。
代理援助件数は、令和元年度は昭和50年度と比較して約52倍、平成19年度と比較しても1.6倍を超える件数であり、法テラス設立以降、件数は大きく増加している。
令和の時代に入ったのであるが、代理援助件数は減少した。一時のピークであった平成22年度を境に件数の頭打ち傾向は顕著であり、増える年度もあれば減る年度もあるというだけのことかもしれない。もはや数字の増減に一喜一憂しても仕方ないとは思う。
援助件数の推移に関する棒グラフ(PDF)でも、さすがに当該年度が減少したことは表示せざるを得なかったようである。
ただ、この年度では件数が減少してしまったため、言うに事欠いたのか、昭和50年度や平成19年度と比較して「件数は大きく増加」などと言い出す始末である。もはやこうなってくると付ける薬もない感じである。
感想
代理援助件数の動向を経年で見ていくと、変化が生じたポイントは、やはり一時期のピークとなっていた平成22年度である。そこまでは右肩上がりだったものがその後は頭打ちになってしまい、微増というよりは概ね平坦な感じになってしまっている(なお、もう1つの指標である立替金額の面から見た場合、最近の年度で若干の増加を示している面もあるものの、大筋としては頭打ちの傾向であることに変わりはないように見える。)。
そのころのことを、司法制度改革によって見える未来はまだバラ色だったのだと述べたのだが、どうもそのころのイメージを引きずって幻想を見ている人が総本山の中にはまだまだ多すぎる、という感触を持っている。
もちろん、司法試験合格者を3000人とかに増やさなかったから代理援助件数も増えないのだ、という異論はあり得る。しかし、この10年で実際に何が起こったかというと、件数が一時的にピークとなった平成22年度以降も弁護士は毎年増え続け、総数にして1万人以上増えたにもかかわらず、代理援助件数は多くても11万件台に止まっていてそんなに増えていない、ということなのであった。すなわち、「人材は増加してもこの分野でのサービス量はそれに見合うほど増加してない」ということになる。
そうなると、法曹人口増員派の異論も、描いた未来が願望どおりではなかった負け惜しみくらいの意味しか持たない。インハウスとか渉外業務とかの他の分野は知らないが、少なくとも、現状の法テラスの在り方では、法テラスの業務の拡充ということを法曹人口を増員させる根拠として挙げるのは苦しくなっている。
もう一つ、法テラスは民事法律扶助だけをやるわけではないという反論も出てきそうだが、中核となる代理援助業務がそのような伸び悩みを見せている中、その他の業務でしっかりと需要を開拓したようなものって何かあったか?あるならどうぞ教えてくれ、と申し上げたいところである。
法テラス白書の毎年度の記述を見ても、グラフの傾きの変化を読み取っていない雰囲気が感じられる。法テラス及び人権擁護の殿堂たる我らの総本山においては、まずは数字を良く見て、そして代理援助の件数が伸び悩んでいることの原因を考えて、法的サービスの量はどのような仕組みの下であれば無理なく増加させられるのか、ということをよく検討してもらいたいと願っている。