政策目標を達成してない法科大学院制度

令和2年の司法試験合格者数は1450人であった。

この数字の何が衝撃だったかというと、まだ法科大学院(以下「ロー」という。)の卒業生が出ておらず、旧司法試験をやっていたころの平成16年(2004年)の合格者数1483人を下回ったことであった。

元々、ローの設立にあたっては、司法試験合格者数を3000人にすると司法修習のキャパシティを超えるので新たな法曹養成制度が必要だ、という理屈が一つの柱になっていたように思う1(もちろん他にも積極的な論拠は掲げられていたとは思うが)。

それにもかかわらず、旧司法試験の時代より合格者数が減ったのだ。これでは何のために今の制度にしたのかと言いたくもなるところで、1500人を割ってる水準なら司法研修所で受け入れて一から実務教育を施すのでも全然足りてんじゃん、という話に戻ったとしてもおかしくはない。

もう一つの重要な政策目標

司法試験合格者数の件についてはキリがないので以上の指摘にとどめるが、もうひとつ、ローの関係で問題とすべき政策目標として、法学未修者の扱いという件が存在する。

ローを経由した法学未修者の司法試験合格率が低迷していることについては、文科省サイドでも対策を議論しているとは聞いている。

それで、旧制度と現行の制度では、非法学部系の人の割合というのはどう変わったのだろうか?ということを疑問に思ったところだった。

やっぱり減ってた…

この割合については一応統計資料は存在しているようで2、例えば、先述した平成16年の旧制度末期の時代を例として挙げると、非法学部系の合格者は割合にして16.86%、人数にして250人という実績であった。

現行制度に完全移行する過渡期であった平成19~21年の時期には、いずれの年も非法学部系の合格者の割合は20%を超えるようになった。また、人数も各年度400人を超え、なかなかのボリュームとなった。この時期まではまだ良かったのだ。

ところが、その後は非法学部系の合格者の割合は減っていき、令和2年での割合は10.91%3にしかならなかった。ローを経由した合格者1072人のうち非法学部系の合格者は117人に過ぎない4

政策目標を振り返る

司法制度改革審議会の意見書には、次のようなくだりがあった5

21世紀の法曹には、経済学や理数系、医学系など他の分野を学んだ者を幅広く受け入れていくことが必要である。社会人等としての経験を積んだ者を含め、多様なバックグラウンドを有する人材を多数法曹に受け入れるため、法科大学院には学部段階での専門分野を問わず広く受け入れ、また、社会人等にも広く門戸を開放する必要がある。

これは、ローに非法学部系の人を適当に入れるだけでは済まないのがポイントである。その人たちが司法試験に受かって資格取ってもらわなきゃこの目標は達成できないから、そこまでがひとまとまりの政策目標というべきである。

もちろん、現行制度の初期の段階では一応の成果は出ていたし、その世代で現在大いに活躍している非法学部系の人も少なくないであろう。

だが、非法学部系の合格者の割合も人数も、今では旧制度の末期に比べ見劣りするようになってしまった。さすがにそれでは未修者対策がどうなってるのかという話が出て当然である。法曹を多様化したいんだったら旧制度の方がよっぽどマシだったんじゃねえの?といわれると、反論が厳しい数字になっている現状である。

まとめ

せっかく作った立派な学校をなくしてしまえとまで言うつもりはないのだけれども、量の面(司法試験合格者数)でも、質の面(多様なバックグラウンドを有する人材)でも、自分たちで掲げた目標を達成できなくなっているのにどうして今の制度を続けるのか、ということは正面から議論すべき問題である。

ところが、そういうことを言い出すと、総本山の中の人たちは、旧制度への並々ならぬヘイトを露わにして「予備校依存が過ぎた」「論点主義が蔓延した」「長期受験の弊害があった」みたいなことを言い出し、法科大学院は法曹養成の中核だという答弁を繰り返す。そのような答弁こそお前らが毛嫌いしている金太郎飴じゃねえのかと思う。

そんな次第で、法曹人口とか法曹養成とかいうテーマが耳に入るたびに、壊れた瞬間湯沸かし器のように自分の身が燃え上がってしまうのである。もちろん、そこは冷静になって考えるべきではあるが、むしろ昔の方が数字が良かったというのをどう考えたら良いものなんだろうか。その点に目を瞑って弥縫策ばかりが繰り出される現状を思うと、いかにも法律家集団の多数派の視野狭窄ぶりが如実に表れている事象のようにも感じられ、大変嘆かわしいと思っている。

 


  1. この点について「合格者数をめぐる議論が若年化ではなく、法曹人口という大きな枠組みで捉えなおされることでその増加数は一気に倍増した。そしてその増員は、司法試験と統一修習という法曹養成制度の枠組みでは対応しきれないものであり、結果としてロースクールという新しい法曹養成制度の創設が必要とされるようになったのである。」との指摘がある。石井美和「法曹養成をめぐる制度と政策ー法曹三者の力学を中心としてー」東北大学大学院教育学研究科研究年報第55集第1号214頁(2006)。https://tohoku.repo.nii.ac.jp/?action=pages_view_main&active_action=repository_view_main_item_detail&item_id=3556&item_no=1&page_id=33&block_id=38 

  2. http://www.moj.go.jp/content/001276328.pdf 

  3. (追記)違う読み方をした人もいるようなので恐縮ではあるが、この10.91%という割合は、「ローを経由した令和2年の合格者のうち非法学部系の人の割合」を弁護士白書2020年版記載の数値を元に算出した数値(=117÷1072)であり、全体の合格者1450人に対する非法学部系の人の割合ではない。法務省の資料を見ても「最終合格者数には、司法試験予備試験合格の受験資格により司法試験を受験した者の数は含まれていない。」とあり、予備試験を経由した合格者が出始めた平成24年以降については、全体の合格者に対する非法学部系の人の割合や人数は明らかにされていない。また、予備試験を経由した合格者のうち非法学部系の人の割合や人数がどのくらいかという資料は見当たらなかったし、他のデータからそれらを推計できるわけでもないと思われた。このため、同年以降は、全体として非法学部系の人の割合や人数がどのくらいなのか、はっきりしない。なお、司法試験予備試験の願書には出身学部の別を申告する欄は特に設けられてない模様であるため、予備試験合格者の出身学部についての統計は十分に得られていない可能性がある。 

  4. https://www.nichibenren.or.jp/library/pdf/document/statistics/2020/1-3-2.pdf 
    (一部追記)日弁連が法務省公表資料を元に作成したという弁護士白書2020年版記載の数値は、全合格者数1450人に対して378人足りないので、予備試験経由者の出身学部に関するデータは含まれていないと思われる(378人は同年の予備試験経由の合格者数と一致する)。とはいえ、ここでの問題は、ロー設立の目的との関係で「ローを経由することで非法学部系のボリュームを増やせるか」という点であるから、やはり、その意味では政策目標が果たされていない。なお、「予備試験を経由した非法学部系の人もいるはずだから政策目標が果たされていないとは断定できない。」との反論があり得るが、仮に、予備試験経由者に非法学部系の人の割合や人数が多いのであれば、自分たちで掲げた政策目標との関係ではそっちの方が適切な制度ではないのかという話になるし、逆にそれらが少ないのであれば、やはり制度全体として政策目標が果たされていない状況ではないのかという話になる。 

  5. https://www.kantei.go.jp/jp/sihouseido/report/ikensyo/iken-3.html 

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