新型コロナ法テラス特措法案をめぐる問題点

弁護士は、法律制度の改善に努力しなければならない(弁護士法1条2項)。だから、おかしな法律制度が設けられそうだということであれば、どの政党が提出したどのような案であっても、的確に意見を表明することは弁護士の務めであると当職は考えている。

さて、コロナ対策の関係で、法テラスの法律扶助の資力要件を緩和する法律案を野党が衆院に提出したという報が流れてきた。

立憲民主党のウェブサイトの情報によると次のようなものである。

援助の対象者となるのは、新型コロナウイルス感染症及びそのまん延防止のための措置の影響により収入の著しい減少があったものとされ、具体的な基準については半分程度の減収を想定しています。具体的な援助の内容は、(1)代理援助:訴訟等の代理人となる弁護士等の報酬・実費の立替え等(2)書類作成援助:訴訟等に必要な書類の作成を弁護士等に依頼した場合の報酬・実費の立替え等(3)法律相談:弁護士等による無料の法律相談の実施――の3点です。

これは大問題である。

当職としては、次々と疑問が湧き出てくるので、順次指摘していく。

 

弁護士報酬の不当なダンピング

まず、内容面の問題について指摘しておきたい。

もともと、法テラスによる法律代理援助に関しては、我々の費やす労力に比して非常に低廉な費用での対応が迫られており、率直に言えば「儲けが出ないので出来るものならやりたくない。」という状況である。我々も民間事業者としての側面があるので、経営の問題を考えなければならないのである。それでも対応がなされているとすれば、それは個々の弁護士の使命感であるとか、善意によるところが大きいであろう。

ところが、確かにコロナの問題はあるにせよ、更にその適用範囲を拡大するというのである。しかも、「収入の著しい減少」という要件で適用するということなので、それなりに収入がある人の依頼でこれまでなら通常の報酬を得られた事件まで、法テラスの基準でやらざるを得なくなる場合がある1

これによる弁護士報酬のダンピング効果は、当然著しいことが予想される。これでは、依頼者を救う前に多くの法律事務所が成仏してしまうという話なのだ。

そもそも、今回のコロナ対応についても、減収が発生して現在の資力基準を下回るという事情があれば、柔軟に代理援助を認めるようにすれば足りるのではないかと思われる。

故に、この法律案は、不要であるばかりか有害である。結果的には、代理援助事業の持続可能性を損ない、その先細りを招くということになろう。

 

更に報酬が減る?

法律案の3条2項には次のような条項がある。

この場合において、当該援助の要件は、(中略)当該報酬は、新型コロナウイルス感染症関連法律援助事業が新型コロナウイルス感染症及びそのまん延防止のための措置の影響を受けた国民等を広く援助するものであることを考慮した相当な額でなければならず(後略)

 この法律案の元となったと思われる「東日本大震災の被災者に対する援助のための日本司法支援センターの業務の特例に関する法律(震災特例法)」でも同様の規定があることは確認している。もちろん東日本大震災も大災害であるが、今回の問題は地域的な広がりが全く異なるのであり、その時を超える影響が生じる可能性もある。

そうすると、今回に関しては、本当にこの条項が適用されて報酬が恒常的に切り下げられかねないのではないか、という懸念が当然生ずるところである。

 

法律案提出の経緯

さて、この法律案については当職も寝耳に水であり、何でこんなものが出てきたのかと思っていたのであるが、野党共同会派の先生方の発言から次のようなことが分かってきた。

階先生によると「日弁連からの要望」があったというのである。もちろん、弁護士はみな日弁連の構成員だから、弁護士が誰か行けばそう言えるかもしれないが、さすがに階先生がそうおっしゃる以上は然るべき立場の人が要望をしたはずである。

ということで、日弁連の鎌田副会長と奥事務次長が野党共同会派法務部会へ行って、何らかの要請をしたことが分かった。問題は、どのような要請かということになる。

その要請の内容は、「法的支援の拡充」も含まれていたということである。法律相談だけではないという点が重要である。このとおり打越先生がおっしゃるのであれば、間違いはないのであろう。

以上のお二方のツイートの内容をまとめると、「日弁連の鎌田副会長と奥事務次長が野党共同会派の法務合同部会へ赴き、法律相談の支援に留まらない法的支援の拡充の要請をした。この要請を日弁連からの要望であると受け取った野党共同会派は法律案を作成し、衆議院に提出した。」ということになる。

 

日弁連執行部の独断を問う

これはとんでもないことである。

すなわち、初めのうちは、立憲民主党が弁護士の首を絞める法律案を作ったと騒いでいた向きもあったのだが、何と、入れ知恵したのは他でもない日弁連執行部だったということではないか。

この種の法案であれば、日弁連の中でいえば総合法律支援本部であるとか、災害復興支援委員会あたりが意見を取りまとめて動いたのかもしれない、とは思ったのだが、どうもそうではない様子であると聞こえてきた。また、日弁連理事会でも話題が出てくれば当職も気が付くのであるが、4月と5月の理事会ではこの法律案に関する話は出てこなかった。うっかり聞き逃したのかもと思って資料を再確認してみたが、やはり議題にも資料にも出ていない2

ということは、これは、日弁連執行部が、会内の意思形成過程を全部すっ飛ばして独自の判断で野党に法案作成の働きかけを行ったことが疑われる。もちろん、緊急性があることに鑑みてそうしたという言い訳はあろうが、この法律案は、法テラスを焼け太らせた挙句多くの弁護士を成仏させるという恐るべき内容である。どさくさに紛れて仲間を売るのか、という強い非難に値する。

また、法テラスの業務が拡大する点については、既存の弁護士との競合が生じる関係上センシティブな問題であり、このような法律案が出てくれば意見が真っ二つに分かれる性質のものである。そうすると、独断でいきなり政治に頼った点で執行部の行動は非難に値する。こんな法律案で会内の意見を統合できるわけがないのだから、法案を提出するのに骨を折った野党議員のはしごを外すことになるのは目に見えている。そうなれば、日弁連はますます信頼を失うことになるのではないかと懸念している。

 

会内合意形成の正常化へ向けて

もはや、このような法律案がまかり間違って成立することが絶対にないようにしなければならない。一度出されてしまった以上どうやってやめさせるのかという大きな問題はあるのだが、どうか、賛同する会員の皆さんの力をお貸しいただきたい。

そして、コロナの影響で理事会や各種委員会の動きが鈍っている間に、とんでもない法律案を野党に吹き込んだ日弁連執行部は猛省すべきである。少なくとも、今後は会内合意の形成には十分に配慮をした上で、それを対外的な活動に反映するという姿勢を順守してもらわねばならない。

 

 


  1. なお、いやなら受けなきゃいい、という意見が都市部の弁護士等を中心に散見されるのであるが、法律扶助の制度については相談者に対して教示する旨の努力義務が課されている(弁護士職務基本規程33条)。そして、特に地方の場合では、教示するだけで自分はやらないというわけにはいかないことがある。自分が断った場合に、顔の見える誰かの負担になるということだからである。自分が生き残ったとしても、同じ有資格者からなる団体の構成員の誰かが低報酬で働かされて犠牲になるのは、何より忍び難い。そうであるから、都市部の弁護士に多くみられるが如き自分がやらないからいい、という問題の捉え方は間違っており、組織的に報酬水準の向上を図っていかなければならない問題であると当職は考えている。 

  2. 法テラスに関する話題は、償還に協力してくれという怪FAXが送付された件と、電話相談を開始することに関係するものがあったという程度である。 

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