ブックレビュー『難しい依頼者と出会った法律家へ パーソナリティ障害の理解と支援』

はじめに

これまでの経験を辿ってみれば、当職も、依頼者から理不尽極まりない主張をするよう要求されたり、思うように結果が出なければものすごく罵倒されたりと、大変な目に遭ったことが思い出される。

しかも、嫌な思いに比例して報酬が増える訳ではない。むしろ、経済的に報われない事件の方が、そのようなトラブルが発生しやすい。

そこで、日頃から困り果てていた中、救いの書が現れたということで、早速アマゾンで注文してみた。

本書の内容

本書では、「情緒不安定な当事者」「高飛車な態度を取る依頼者」「他者を欺き利用する依頼者」「魅惑的だが不可解な依頼者」「猜疑心の強い依頼者」「一人では何もできない依頼者」などのケースが出てくる。いずれのケースについても精神医学的な知見に基づいた分析と、その対応の例がまとめられている。

どのケースも、ああ、そういうことってあるなあ…、とつい頷いてしまうリアルな内容である。

弁護士業務をしばらくやれば、同様の依頼者に出会うことはある。そして、対応を誤れば、その都度難題を抱えて立ち往生する。これまでなら、困惑しながら経験を積んでいったということになるのだろうが、本書を読むと一気に見通しがよくなる感じはある。

そこで、これは法律家には必読の書である。弁護士に限られない。弁護士が難しい依頼者を扱うのと同様、検察官は難しい決裁官を相手にしなければならないし、裁判官に至っては難しい弁護士を相手にしなければならない(弁護士自身が実に難しい存在であることが少なくない。)。だから、他の専門職においても生かされる内容だと思う。

禁断の書

ただ、本書のコンセプトは重大な欠陥を有していると考えるので、その点について指摘しておきたい。

近年の弁護士人口の増加によって、昔のように弁護士が依頼者を選ぶ余裕はない時代が到来しています。特に「軒弁(ノキベン)」や「即独(ソクドク)」を余儀なくされた若手弁護士は、「冷静で、合理的判断ができて、弁護士費用をきちんと払ってくれそうな筋の良い依頼者でなければ受任しない」などと言っていては食べて行けないのではないでしょうか。「難しい依頼者」の事件を引き受け、関係がこじれることなく、依頼者の満足のいく解決を得ることができるなら、弁護士の顧客層はぐっと広がる可能性があります(本書8頁)。

ちょっと待ってくれ。

それは危険である。

難しい依頼者の事件は、本当に難しいのである。しかも、自らが困難な状況なのに難しい依頼者の事件を引き受けるほど危険なことはない。事と次第によっては、事務所が(経済的に)潰れるか、弁護士が(精神的に)潰れるかという事態に至るであろう。

長く仕事を続けるなら無理をしてはいけない。先のある若手弁護士ならば尚更である。

特に厳しいのは、逃げられない立場の弁護士である。例えば、雇用下にある弁護士(イソ弁やスタ弁)などは振られた事件を容易に断れないプレッシャーがあるし、国選弁護事件に関しては容易に辞任できない。

そういう立場にある弁護士に、こういう対処の仕方があるのだからとにかくどうにかやれ、ということで無理をさせると、心を壊して死ぬ人が出ると思う。

もちろん、あらゆるコミュニケーションのスキルを身につけてこそプロだといえるのかもしれないし、また、難しい依頼者は救われなくても良いということではない。ただ、最初からその領域をあてにして無防備に事件を受任すると地獄を見るのではないか。やり切る能力と意欲のある人が、できる範囲で慎重にやるのが限界かと思う。

まとめ

以上、弁護士の顧客層はぐっと広がるなどと不用意に語られている点に関しては最低最悪であるとの言葉しか思いつかないが、経験的な話で語られがちであった対人対応の領域が、科学的な知見を交えて学ぶことができるようになったのは有り難いと思う。

そのような成果が生かされて、救われる人が増えれば良いことである。ただ、一方では、無理をして壊れる法律家がこれ以上出ないことを願っている。

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