城跡と裁判所(30)盛岡地方裁判所水沢支部

岩手県には様々な博物館や資料館がありますが、そのうちどうしても見たかったのが、盛岡の原敬記念館と水沢の斎藤實記念館でした。

今回は、斎藤實記念館を訪れるために水沢にやってきました。

その帰り、ついでに裁判所も見て証拠写真を撮っておきました。ここまで来たら城跡も見ておかないと、と思って裁判所の横の細い道を奥に進んでいくと、城跡が現れました。

 

城跡は公園になっていて、奥の方にうっすらと裁判所の裏側の壁らしきものが見えます。

城跡から川を渡ると石碑にぶつかります。箕作省吾と山崎為徳の名前が刻まれています。いずれも当地の出身で、箕作省吾は江戸時代の地理学者、山崎為徳は同志社の草創期を支えた人だということでした。

ここから法学系の話題につなげると、民法の教科書の初っ端などでフランス民法典の翻訳をした人として箕作麟祥という名前が出てきますが(あるいは和仏法律学校初代校長として法政大学の関係者ならピンと来る名前かもしれない)、箕作省吾はそのお父さんということになります。

 

斎藤實記念館

水沢訪問の主目的であった斎藤實記念館についても触れておきます。

この記念館には、二・二六事件で発砲を受けて割れた鏡台が展示されており、鏡の割れ跡が今も襲撃事件の生々しさを物語っています。

実は、東京地検の地下奥深くの記録庫には、二・二六事件の記録が刑事参考記録として今も眠っているはずなのですが、一般に開放されているわけではありません。そこで、当時の事件を物語る資料を直接見ることができるこの記念館は、とても貴重な存在です。

記念館の入り口には、斎藤實が総理大臣になったときの心得が石碑として刻まれています。

忍耐は人の宝なり

人に接するには 調和を旨とし 謙譲なる態度を忘るべからず

優越観念は 深く自己の胸底に収め 他に対しては 平凡中庸を以てし 自然に他をして 敬服せしむるを要す

今も変わらぬ戒めのように感じられます。

まあ、そういう心得を理解できないようなのが総理になったりすることが時としてあるようなのでどうしたものか…ということではあるのですが。誠に困ったものです。

岩手県は数々の偉人を輩出しておりますが、そうした人々を郷里でしっかり顕彰しようとする文化の強さを感じることがあります。そういうこともあって、今になって巡ってみても、見どころが色々なところにあるのだと思いました。

 

 

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